我が家の中学受験で学んだこと

子育て

近年、少子化が進むと共に未就学児から始める習い事や学習について関心を持ち、教育に熱心な親御さんも多くなっています。

ネットやSNSの普及によって子どもの教育に関する様々な情報が飛び交う中、いわゆる「お受験」対策のための幼児教室や進学塾も増加傾向にあります。

そのような時代背景からも中学受験をする子どもが年々増えており、都心部など地域によってはクラスの半分近くの生徒が受験するといった現状もあるようです。我が子もその一人でした。

ここでのお話は、我が子が挑んだ中学受験での反省点や、その経験から親である私自身が学んだことによる個人としての見解です。

中学受験に対して賛否を図るものではなく、改めて考えるきっかけになって頂けたら幸いです。

中学受験をする意味や目的を今一度考えてみる

我が子が通っていた小学校は中学受験をする子どもが比較的多く、低学年の頃から学習塾に通っている子もいました。

4年生になった頃からは、ママ友さん達との会話の中で中学受験の話題が出ることもしばしば。

いつも一緒に遊んでいたお友達の殆んどが受験組で塾に通い始めたことから、私自身それまで全く考えていなかった中学受験を意識するようになりました。

我が家は父親が仕事の都合で家にいる時間が少なくワンオペ育児状態だったため、子どものことは母親の私が任されていました。そういった家庭環境であったことからも、中学受験について家族できちんと話をすることもないままに、周りの子に釣られるようなかたちで5年生の時から進学塾に通わせるようになったのです。

子どもからしたら、近くに公立中学校があるのになぜ受験をしなければならないのか理解不能だったことでしょう。

元々勉強が得意な方ではなかった上、自分自身が受験することに納得して入塾したわけでもない状態で「やる気スイッチ」など入るわけもなく。

我が家は一人娘なのですが、一人っ子特有と言いますかマイペースで競争心が無く、自ら進んで勉強に取り組むタイプでもありません。そんな我が子に対し母親である私はイライラするばかり。

お友達の〇〇ちゃんはしっかりしてて勉強も運動もできるのに…正直心の中でそんな風に思ってしまい、ついそのような発言をしてしまったことも。

他の子と比べることは一番やってはいけないことだと頭では分かっているのに、そんな自分に対して自己嫌悪に陥ることも多々ありました。

そもそも周りの子が受験するから我が子もさせてみようなどというマインドで挑んでも期待通りにいくはずがありません。

まずは、中学受験をする意味や目的について親子でしっかりと考えてみることが大切です。

中途半端な気持ちで臨んだ結果

中学受験をする意味や目的は疎か、子ども自身の意志や意欲も明確ではない言ってみれば記念受験のような状況で進み出したわけですが、進学塾に通ってはいたものの、模擬テストでは親が望んだ学校の合格圏には程遠いものでした。

ですが、当の本人はそのような結果を受けたからといって今まで以上にギアを上げて受験勉強するでもなく至ってマイペース。

我が子なりに焦りや頑張らなきゃいけないという気持ちはそれなりにあったのだと思いますが、最後までモチベーションは上がっていなかったように思います。

そして迎えた合格発表の日。結果は不合格。

年々受験者数が増加し自ずとレベルも倍率も高くなっている厳しい状況の中、我が家の中学受験に対する熱量や勉強量を俯瞰して見てもこの結果は火を見るより明らかです。

掲示板に自分の番号が無いことを確認した我が子は「お母さんごめんなさい」と言って、ただ泣きながら謝るばかりでした。単に試験に落ちたことがショックで泣いているだけではなく、結果的に親の期待に応えられなかったことへの謝罪の言葉と涙だったのは明白でした。

合格できなかったことで母親をがっかりさせてしまったのではないか、嫌われるのではないか、怒られるのではないか…といった不安もあったかもしれません。

その姿を目の当たりにした時、中途半端な気持ちで安易に受験させたことを後悔さえしました。

「受かったらラッキー」的なスタンスや俗に言う記念受験で受かるほど中学受験は甘くありません。親がその程度の考えで突き進んでしまったことによって子どもに多大なストレスを与え、最終的に心も傷つけてしまったのだと気づきました。

当時を振り返ってみても、本人の口から「〇〇中学校に入りたい!」「合格するために頑張る!」と言った前向きな言葉は聞いた記憶がありません。

それでもあわよくばの思いで追い込んでしまったことを我が家に限って言うのであれば、それは紛れもなく親のエゴだったのだと思います。

記念受験とは

合格する見込みが低いことを前提に受験すること。子どもの性格によってはメリットもある反面、全体的にデメリットの方が大きいとされています。

《メリット》

  • 受験自体が記念(良い思い出)となることがある
  • ダメ元なので気楽な気持ちで臨める
  • レベルの高い試験を経験することによって勉強へのモチベーションが上がる可能性もある

《デメリット》

  • 試験に臨む時間や受験に掛かる費用の無駄になる可能性が高い
  • 本命を受ける場合、その受験に悪影響を及ぼす場合がある
  • 合格する可能性が著しく低い受験のために行う勉強へのストレス
  • 実際に不合格になった際、精神的な落ち込みや自己肯定感の低下に繋がることもある

記念受験の是非

記念受験は個人の自由ですが、特別な理由がない限りは推進されないことが多いです。

合格を目指す本来の受験とは異なり、時間や費用が無駄になるリスクがあるため慎重な判断が求められます。

受験をするにあたって気をつけること

中学受験を試みるのには様々な理由があると思います。

中高一貫校や大学付属の中学校であれば、高校や大学までエスカレーターで上がれるというメリットがあります。

早いうちからレベルの高い授業や教育を受けることによって有名大学に入ることが出来れば、大手企業への就職に繋がる可能性も高くなると期待する親御さんも多いと思います。

確かにそれは一理あるでしょうし、そうなってくれたら親としても安心であると同時に誇らしく思えるのが正直な気持ちでしょう。

しかしながら、親が子どもに対して過剰な期待を掛けることは子どものためと思いながら実際には「親のエゴ」でもあり、結果的に子どもを追い詰めてしまう危険性があります。

最近では、親による教育虐待が社会問題にもなっています。教育虐待とは主にどのような行為なのでしょうか。

  • 学歴信仰が根底にある
  • テストで満点が取れないのは努力してない証拠と詰る
  • 良い結果が出ないと暴言を吐く、又は暴力を振るう
  • 公立中学、低偏差値の学校を馬鹿にする

など、成績や学歴面において親が子どもに対し精神的、身体的に追い込んでしまうことです。

頭ごなしの子育て(教育)は必ずや子どもに影響を及ぼします。

例えば、常に成績がトップクラスにいることや高偏差値の学校に入ることを期待された子どもがそれに応えることができなかった時、悲惨な結果になりかねません。

自分はダメな人間だと自信を失って自己肯定感が低下してしまい、いつも親の機嫌を気にしながらストレスを抱えて生活するようになることも危惧されます。

また、親に対しての反抗心や怒りが芽生え、最悪の場合は家庭内暴力に発展するケースもあります。そうならないよう、親は子どもに過度なプレッシャーを掛けないことが重要です。

*自己肯定感についてはこちらでお話しています↓↓↓

自信のない子どもと自尊感情との関係性

中学受験を後悔しないために

中学受験に対しての考え方は人それぞれです。

いずれ訪れる就活など、子どもが将来的に苦労しないよう高学歴に向かって早いうちから導いてあげることが親の役目だというご意見もあるかと思います。

令和になり多様性の時代とは言え、日本は今でも学歴を重視する企業が多いことも事実です。未だ学歴社会が現状であることからも、大切な我が子を思っての考えなのは十分に理解できます。

とは言え、半ば強制的に親が決めた学校を受験させ仮に入学することができたからといって、楽しく充実した理想の学校生活や世間で言う「勝ち組」としての人生が待っているとも限りません。

もちろんそれは結果論であり、その学校に入学して良かったと思うこともありますし、公立中学に行っても同じことが言えるでしょう。

ただひとつ大事なことは、子ども自らが納得して臨んだ受験だったのかということだと思います。

中学受験と高校受験とは年齢的な面(精神的成長)や状況も異なります。まだ小学生の子どもが遊びたい気持ちをグッと我慢し、学校から帰って休む暇もなく塾へ行ってひたすら勉強の毎日。

若干12歳という年齢で過酷な受験戦争を経て合格を勝ち取ったとしても、その学校で嫌なことや辛いことがあったり校風が合わないなど苦痛になってしまった場合、それが自分の意図しない受験だったとしたら心のどこかで「親のせい」だと思ってしまうこともあるかもしれません。そうなってしまったらとても悲しいことですよね。

中学受験に関して我が家の経験から思うことは、一度乗りかかった船であっても、子どもの様子によっては途中で潔く降りるという選択も必要なことだということです。

それまで子どもに注いだ労力や塾等に掛かった費用などを考えたらとても勇気のいることですが、子どものモチベーションが上がらない状態のまま無理に受験生活を続けることで、親も子も精神的に大きな負担となりストレスになります。

そのことから親子関係が悪化したり、心の底から勉強嫌いになってしまうことも否定できません。

当時、私自身にその決断ができていたら我が子に辛い思いをさせることもなかったのではないかと自責の念に駆られました。

子どものストレスは行動や身体に現れます。

  • 受験生になってから表情が暗く、笑うことが少なくなった
  • 些細なことでイライラしたり親に当たる
  • 食欲不振や腹痛、睡眠障害などの体調不良が続く
  • 学力が伸びず、やる気がみられない

など、少しでも気になることがあった時は親子でしっかりと話し合い、もし「受験生活が精神的に辛い」「本当は公立中学校に行きたい」などの意向があるのならば、親は子どもの気持ちを尊重し、スパッと辞める決断をすることも必要だと考えます。

それまでの過程は決して無駄ではありません。親が子どもの思いを受け入れてあげることで親子の信頼関係にも繋がっていくでしょう。

中学受験に向いてる子とは

中学受験は少なからず向いてる子とそうではない子がいると思案します。向いてる子の要素として次のようなことが挙げられるでしょう。

  • 探究心がある
  • 向上心がある
  • 自主性・主体性がある
  • 好奇心が旺盛
  • 本を読むことが好き
  • 部屋の整理整頓が出来ている

このような子どもに育っていくには幼少期からの家庭環境が大きく影響していることは明確です。

幼い頃から絵本の読み聞かせをしてあげたり、子どもが興味があることに一緒に取り組むことによって培われます。

読み聞かせは「聞く力」「読解力」「想像力」が身に付き、これらは大人(社会人)になってからも最も重要な要素です。

そして、どんな小さなことでも褒めてあげることが大切です。親に褒められることによって子ども自身の成功体験となり、自己肯定感が上がって向上心が養われます。

今の時代、共働きのご家庭も多くお仕事や家事などで大変お忙しいと思いますが、お休みにの日に少しの時間でも色々なことを体験させてあげられると良いですね。

日頃から子どもの気持ちや価値観に共感し、親自身も一緒に勉強しながら親子で楽しむことが大切です。

中学受験を決めたら親がやるべきこと

中学受験は親の受験とも言われます。まだ幼い小学生ではどんな学校に行きたいのか、どんな校風が合っているのかなど、数ある中学校の中で自分はどのような学校を選択すべきなのかなんて分からないのが当然です。

親は子どもの性格や興味を持っていることに適した学校を調べることから始まり、学校見学や説明会はもちろん、体育祭や文化祭へも足を運ぶことは必須です。

子どもの意見を聞きながら家族でしっかりと話し合い、志望校が決まれば合格するための傾向と対策を模索して子どもの学習スタイルに合った塾選びをする必要があります。

更に、家では勉強をみてあげたり子どもの体調管理もしなければなりません。

そのようなこと以外でも高額な塾の授業料やテキスト代など経済面での負担も避けられず、中学受験は親の手厚いサポートがなければ成り立ちません。

中学受験をする子どもが増え続け過熱している昨今、第1志望に合格できるのは3割程度とも言われています。そんな状況の中で子どもに降り掛かるプレッシャーやストレスは想像するに余りあります。メンタルケアが必要になることもあるでしょう。親は常に子どもを気にかけてあげることが大事です。

「合格」という目標に向かっていくためにはしっかりと受験体勢に入る準備をし、親子共々ポジティブな気持ちで尚且つ同じモチベーションで最後まで臨まなければ険しい道のりと言えます。

その根本的なことが我が家に欠けていたことでもありました。

子ども自らが興味を持って心から入りたいと思える学校ができると勉強することに前向きになり、モチベーションも上がります。

中学受験をする覚悟を決めたのならば、学習面での一日のスケジュールや入試までのプログラム等、無理のない計画を立てて毎日しっかりと実行することが大切です。

合格に向かって高い壁を乗り越えようと頑張る我が子を家族一丸となって支えてあげてくださいね!

おわりに

私立(国立)も公立もそれぞれの良さがあります。メリットとデメリットを総合的に判断し、我が子はどちらに向いているのかなど、親子でよく話し合って決断することが望ましいでしょう。

結果的に公立中学校に通った我が子をですが、良き先生や友人に恵まれ充実した3年間を送る中で、自分自身で選び目指した高校と大学に進学しました。大学卒業後は志望していた会社に就職することができ、現在もやりがいのある毎日を送っています。

未来を担う子ども達が、それぞれ自分自身に合った学校や環境の中で心も身体も健やかに伸び伸びと成長していけることを願っています。

最後までお読みいただきありがとうございました♪

ちょっとでも参考になってもらえたら幸いです。

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